活動日誌−久松みちお

【16.10.10】文化施設の公共施設マネジメントについて…一般質問から

文化センターの使用料条例は「不公平」なのか――答弁できず

   「松阪市公共施設等総合管理計画」が出され、文化センター4施設(文化会館、コミュニティセンター、ふるさと会館、飯南産業産業文化センター)の帰住もあります。そのなかで最もひっかかったのが「施設の使用料については、受益者負担の適正化の観点から使用料及び減免制度の見直し」とある点です。
それぞれの施設には、できてきた出発点と改善されてきた今日までの経過があり、執行部がそれを理解して言っているのかということ。「総合計画(案)」で言っている“文化振興”の課題とも矛盾するものではないか❢というのが今回の一般質問のテーマでした。

使用料金の改正を行い、一層利用しやすい施設として、ひいてはこのことが芸術文化の振興と市民主体の芸術文化の活性化を図っていく

 特に、松阪市の文化会館とコミュニティ文化センターにしぼって論議しました。できてきた経過と使用料条例の改正されてきた経緯が明らかになりました。
文化会館は、1982年、吉田市長時代、それまで今の産業振興センターの場所にあった公会堂を立て替えて1300席の文化会館ができました。サンライフと一体で、今も立派な建物ですが、当時使いやすさはもう一つでした。使用料は、入場料をとるかどうかで3倍となり、市民団体の自主的な催しでは負担が大きいものでした。
そこで、中規模の文化ホールをぜひという声が大きくなり、1992年の12月議会で取り上げた際、奥田市長が「なんとかみなさんの御要望に応じたい」と答弁されて、(このときの議長が市長のお父さんの竹上定助氏でした)コミュニティ文化センターの実現につながったものです。
2年後、6月議会で、できる時点で、音響、ピアノ、使用規定など使いやすくよいものをと要望、当時の三井教育長は、考えとるわさ、するわさというような答弁でしたが、音響はもとより、スタインウェイのピアノの購入と使用料条例の細分化、すなわち営利目的と市民団体などの自主的な取り込みと区別して料設定され使いやすくするということが実現しました。
文化会館の使用料が、今のようにコミセンと同じようになったのは、合併直前の2003年6月議会でのことでした。「改正の目的としましては、より幅広い市民に利用しやすい施設として位置づけるということでございまして、それとともに芸術文化の振興と市民主体の芸術文化活動のさらなる活性化を図るため」(提案説明)、使いやすい料金設定とともに、使用時間も夜間9時までを10時までと1時間延長されました。当時の駒田教育長は「松阪市民文化会館、松阪コミュニティ文化センターにつきましては、遅きを期したという点はございますが、今回の条例改正によりまして、使用料金の改正を行い、一層利用しやすい施設として、ひいてはこのことが芸術文化の振興と市民主体の芸術文化の活性化を図っていく上で有効であろうと考えております」と明快でした。

 今回の質問で、こういう経過について、当たり前ですが、教育委員会はこの見解については今も変わっていないと答弁しました。

 文化センターの記述のなかで「施設の使用料については、受益者負担の適正化の観点から使用料及び減免制度の見直しを行います。」というのは「行革」から言うと「公平な受益者負担の検証」と係わるということでしょうけど、使いやすくしてきた今の条例が、「公平な受益者負担」でないのか、「不公平」なのかと指摘しました。
 執行部側は、答弁できませんでした。

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